河鍋暁斎

河鍋暁斎筆の「達磨遠望と残夜眺望」展示

筆の「達磨遠望と残夜眺望」展示されています。
展示されている会場は、にある平等院ミュージアム鳳翔館。
平等院(宇治市宇治蓮華)の所蔵品を紹介する新春特別展の、
「寿ぐ(ことほぐ)」という展示会で公開されるようです。
平等院 Byodo-in
Photographer
Taro416
License
Creative Commons (by-nc-nd)
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平等院ミュージアム鳳翔館では、3年半という
長い年月をかけて行われた平成の大修理が、9月に完了しました。
平等院ミュージアム鳳翔館では、現在は所蔵品の整理を進めており、今後は年に2回ほどの特別展を計画している所だそうです。

今回の「寿ぐ」では、特別店の第1弾として10点を展示。
主に鳳凰などを中心とした展示会になる様子です。

鳳凰文幡頭は、荘厳具で、翼を広げた鳳凰一対と雲気文を掘り出し、裏には「平等院鳳凰堂」の墨書がある。
花卉(かき)図(市指定文化財)は子院の養林庵書院の障壁画のうち、天袋の引き戸に描かれたもの。草花が繊細に描かれ、琳派風の画風が優雅な作品です。

他に展示される作品としては、1052年から1333年までの平等院歴代執院(住職)を列記した「平等院執院次第」
「天正十六年(1588年)」の紀年銘のある「平等院型名号釜」

そして、河鍋暁斎筆の「達磨遠望と残夜眺望」などとなっています。

この展示会は、2008年2月29日まで。
平等院ミュージアム鳳翔館は午前9時〜午後5時までで、拝観料600円となっています。
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河鍋暁斎という人物

河鍋暁斎(かわなべ きょうさい・カワナベ キョウサイ)

河鍋暁斉
河鍋暁斎は幕末〜明治にかけて活躍をしたといわれる絵師です。
暁斎は1831年に現在の茨城県である下総国に、河鍋記右衛門の3男として生まれます。
幼名は周三郎といいました。

ちょうどこの暁斎が生まれたのは、葛飾北斎が富嶽三十六景を出版した頃でした。

暁斎は7歳の時に、浮世絵師である歌川国芳に入門して絵を学び始めます。

生首を写生


ここで、暁斎の絵に関する情熱と探究心の表れがよく出ているエピソードがあります。
暁斎が9歳の時に、近くにある神田川が増水しました。そこで暁斎は、生首を拾って写生したという逸話が残っています。きっと、暁斎の目にとってそれは「恐いもの」ではなくて、純粋に「デッサンのモチーフ」として写ったのでしょう。

そして、暁斎はわずか3年間で歌川国芳の元を去ります。これは厳格であった父が、歌川国芳の品行に問題があると考えていた為で、まだ幼い周三郎が歌川国芳に染まってしまうことを恐れたからであると言われています。

暁斎、狩野派に入門


暁斎(周三郎)が10歳の時には、狩野派の前村洞和愛徳に入門します。しかし、洞和の病気の為に、洞和から教えを受けたのはわずか1年間でした。その後、洞和の師匠であった駿河台狩野派の洞白陳信(とうはくのりのぶ)に入門します。
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